ラブバム

〜 Love's photographic records 〜

2013年11月16日 藤堂高虎。

 ラブと出かけたお出かけ先にある戦国武将らの像とラブとの2ショットをUPしている天下布武編。

 第3弾は藤堂高虎から。愛媛県今治市にある今治城に像はあります。

 今治城はもちろん、宇和島城や大洲城の改修にも立ち合った築城の名手で、その後、伊賀上野城の大改修にもとりかかりました。

 今治城は現代で私達が「城と言えばこんな形」と思い浮かべる近世の城のスタンダードとなり、全国に築城ブームを巻き起こした火付け役でもあります。

  彼に敬意を払い、伊賀の忍者姿で撮影しました♪
2014年4月19日 竹中半兵衛。

 こちらは竹中重治。通称、竹中半兵衛。黒田官兵衛とともに軍師として豊臣秀吉に仕え、ふたりで「二兵衛」と並び称されました。

  軍師としてだけはなく、人格者としても知られていた人物。彼にあやかりたいと半兵衛さんの像の前で姉弟そろって写真を撮りました。

  姉弟、ふたりで「ラブ&ピース」と並び称されろ!

  この像は半兵衛の息子、竹中重門が築いた陣屋跡、竹中の城があった岐阜県の垂井町にあります。

 他にも陣屋跡には現存する木造白壁塗りの楼門、頑丈な門扉、石垣、濠などが当時の面影をとどめていますよ〜。
2014年4月27日 今川義元。

 信長出世の地として有名な桶狭間は名古屋市緑区有松町にあり、今川義元が打ち取られた最期の地。

 田楽坪と呼ばれたその地は現在、桶狭間古戦場公園という公園になっています。

 画像はその今川義元さんなんですが、小太りでおしろいをした公家風の印象とは違い、東海一の弓取り(武将)と言われた義元らしく、弓を手にして威風堂々のたたずまい。

 後述しますが隣に並ぶ信長像との対比がおもしろくなっています。

  実際、義元は実力者で領民にも慕われていたそうですが、信長のかませ犬に成り下がってしまいました。

 彼の銅像があるのはここだけなんだそうです。
2014年4月27日 織田信長。

 んでこっちが信長センパイの像。

 両像とも彼らの背格好に近い男性をモデルにし、ふんどし1丁から甲冑を着せて制作したんだそうです。

 その甲冑も専門家の時代考証を元にしているので史実に近いようです。

 広大な駿河・遠江・三河の三国をおさめていた義元と、小さな尾張一国を統一したばかり、二十代半ばの若い信長を比べると信長は貫録のない感じがでていて、最初の天下布武編に登場した清洲公園の信長像と同じなんだけど、とても同一人物とは思えない!

 それだけ大出世したってことなんでしょうね。

  ちなみに義元像がもっている名刀「左文字」は信長の手に渡り、彼の愛刃となりました♪

BACK

NEXT

inserted by FC2 system